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2017年1月 2日 (月)

IT技術の進化により失うもの

 総合的な視野での検討の重要性は、このブログの主要課題の一つである。これに関して、昨年末より、図によるコミュニケーションという、大事なものが見つかった。これは、一般意味論の
  「地図は現地ではない」
という原則に対して
  「地図の上で検討することでいろいろな理解を得る」
ということの再認識である。
 さて、ここで
  「地図を描く」
という大事な働きがある。自分の検討に必要なものを、選択して配置する。特に重要性の低いものを省略することが大切である。
 このようにして、すっきりした図式の上で検討することは、見通しよく全体を考えることを可能にする。

 しかし、現在の技術は、写真やネット上の情報のコピペで、関連情報の提供が可能になってきた。ここで重要なことは、写真にしろコピペしろ、自分で情報の取捨選択をせずに、そのまま写すことが労力なくできるということである。
 従来のように手書きで図を描くときは、用紙の中に入れる制約や、手を動かす手間から、選りすぐりの情報しか描く余裕がなかった。しかし、デジカメの場合、情報がそのまま文書の中に入る。しかも大きさは縮尺ということで操作できる。

 このような状況では。必要情報の選別に気を遣わず、何でもよいから載せておくという発想になる。そうして雑音の中に重要情報が埋もれていく。また自分の情報選択力も磨くことができなくなってくる。
 このような、IT技術の弊害をよく考えて、情報の選択や、解釈をきちんとすることが、総合的な思考者には必要である。例えば、デジカメの情報には、自分でコメントをつける。コピペであっても、自分の解説を入れ、必要部分を選択する。
 このような訓練を常日頃行うことが大切だと思う。

 
 

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