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2017年2月 8日 (水)

数学者が求める抽象的表現の厳しさ(定義をきちんとする)

 昨日日経BPのHPで、中鉢良治の「人在りて、想い有り」を読んだ。今回は、「本質を伝える捨象と抽象化」という大切な話である。この記事に書いてある、余分な物を捨てる姿勢が大切という話には、私も同意する。
 しかし、数学者の「抽象的に説明を」という話に関しては、もう一歩踏み込んでほしいと思う。
 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/041300009/020200021/?n_cid=nbpnbo_twbn&rt=nocnt&P=2

 数学者が、抽象的に話をする、という場合には、

 

使っている用語の定義をきちんとして、
それだけで、議論ができるようにする。

という発想がある。例えば幾何学では、「点」や「線」という言葉で、我々が実世界で想像する,「点」や「線」のイメージから連想するものに頼らず、定義や公理で規定されたものだけで、議論をする。これができるように、「抽象的に説明する」ことを求める。
 これはかなり難しいことである。実際、定義だけで考えるといっても、用語から連想するものに、私たちは引きずられてしまう。群論の演算として、「積」という言葉を使えば、どうしても掛け算のイメージが入ってくる。そして余分な機能を無意識に考えてしまう。
 一方、具体例などで話すときには、その話に含み情報を持たせてしまう。
 これは、共感を土台にしたコミュニケーションでは、必要な事でもあるが、その弊害も意識しないといけない。
 ここまで考えて、「抽象的に説明する」ことの重みを考えるべきと思う。

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