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2017年2月21日 (火)

日本の不満の受け皿

 {~~(日本)死ね」という言葉が、まだネット上を徘徊しているらしい。この状況に対して、色々な切り口で議論してみたいと思う。
 まず、最初に議論したいのは、不満のはけ口という観点である。昔なら、知り合いとの井戸端会議や、酒の席での不満というローカルで収まっていたものも、今ではSNSで公開して叫ぶようになっている。上記の井戸端会議や酒の席では、どこかで水を差して、収める動きが出ることが多かったが、SNSの場合には、「いいね」などと言うあおりが発生して、ますます拡大していく。
 ネット上で水を差す機能ができないのが、一つの問題点だと思う。

 ただし、不満を押さえつけるというのは、どこかで無理が生じる。従って、その不満を適切に汲み取り、まともな政策として提案し、実現するのが政治家ではないか?上記の、「~~死ね」などをそのまま広げるのは、政治家ではないと思う。そのような意見があれば、極端な事例か、多くの人が被害を受けているか、ある程度の検証をしながら政策として提言するのが、責任ある政治家だと思う。もっとも今の野党の一部に、これを期待する私の方がバカかもしれない。

 さて、もう一つの切り口は、不満を吐き出すのは、本来は行政やカウンセラーではないかと思う。個人的なイライラ、そのようなものの根本まで引き出し、自らの気づきを助ける。このようなカウンセラーの機能に関して、もう少し考えるべきではないかと思う。いきなり公開の場である、ネット上に不満をぶちまける。その前に、カウンセリングなどの動きがあってもよいのではと思う。
 カウンセリングと言うと、大げさで構える人もいるかもしれないが、本来宗教施設などもそのような不満の受け皿になっていた。お寺の和尚さんと話をして、なんとなく良い気分になって帰る。このような寺の機能もあってもよいのではと思う。葬式のお布施回収だけが寺の仕事ではない。 

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