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2017年2月14日 (火)

文部科学省の天下り問題について

 文部科学省から大学などへの天下りが、いろいろな批判を浴びている。この話は、表面的には
    「官僚がうまい汁を吸ってけしからん」
という感じでの攻撃になっている。
 しかしこの問題に関して、考えれば考えるほど深い問題が出てくる。

 まず一つ目の突込みどころは、
    「そもそも私立大学というものは」
という議論がある。つまり、私学というものは、国からの圧力に屈しない独立な学問の場所である。この独立には、当然ながら、金銭的な独立ということも入っているはずである。国の補助金を、物欲しげに貰いに行って、その後で国政批判等、どのような神経の人間が行えるのだろう。このような批判が、起こらないのが不思議である。
 本来は、大学教育はある種の社会的成功に役立つ、個人への投資でもある。そのような成功者が、感謝の意味を含めて寄付金を贈る。また、自己投資のために借金をしてでも、学費を工面して学ぶ。そのような学生に、高度な知性と知識を与えて世に送り出し、高収入を得させる。かられがこれに感謝して大学に還元する。このようなサイクルが理想ではないか?
 それがなくて、国の補助金だよりになっているから、文部科学省の作った難解なる規則を読み解ける、文部科学省OBをこぞって受け入れないと、大学が経営できないという無様な姿になる。

 さて、上記はまだきれいごとの世界である。もう一つの本質は、日本の官僚機構の根本問題である。日本の上級官僚のシステムは、一人の事務次官を生み出すためだけのシステムになっていた。まるで、女王蜂を追いかける、雄蜂のようなもので、どんどん脱落して、一人だけが残る。脱落した人の生活保障のため、適当な外部団体(外郭団体)に天下りして、退職金などを得るシステムとなっていた。
 そのような、天下りを受け入れた団体は、多くは役所からの補助金をもらう立場である。役所のOBを受け入れる、その代わり補助金をという図式である。
 今回の大学対文部科学省が、この図式に当てはまっているのが、情けない現状ではないか?

 私の考えでは、この問題の本質は、国家公務員の有能な人への、本質的な処遇改善にあると思う。これは単に給与だけの問題ではない。国の制度などの改革に、功績のあった人は、どんどん名前を残し顕彰すべきだと思う。XX氏の法案により、この問題は解決された。稀に、青色LEDに官僚の功績が表に出たことがあったが、このような事例は多くの役所にあると思う。

 そして、官僚の人たちの多くは、国のため国民のために、身を削って働いている。そのような官僚の良いところを、マスメディアなどももっと取り上げるべきだと思う。

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