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2017年3月28日 (火)

中間層が育っていないから政治の理解もできない

 先般から書いている、中間層が育っていないわが国の状況を、政治参加という観点で考えてみた。欧米文明では、広場が政治的意見の議論の場として、歴史的な働きをしたことが少なくない。しかし、日本の歴史でこのような広場の働きは少ないように思う。
 それより、寺の境内でお坊さんの説法を聞く、神社で話を聞く、このような誰かに教えてもらう形の民衆啓発活動が多かったと思う。この理由に関しては、前にも書いたように宗教的なモノの支配などがあるように思う。
http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2017/03/post-306e.html

 さて、このような議論を行うためには、それなりの理解力と基礎的な知識を持った中間層の存在が必要だと思う。賛成の意見、反対の意見を交えながら、お互いの協力できるところを見出していく。このような発想が少なく、賛成/反対だけの一方的な言い方になっているのが、現在の政治活動である。しかし、成熟した社会のためには、色々なことを理解し議論できる中間層の存在が必要だと思う。

 例えば、投資ということについて、きちんと理解し、評価できる層を増やしておけば、税金の使い道に関しても、もっと踏み込んだ議論ができるだろう。また、現在も赤字国債の批判が多いが、これも社会資本への投資と考えれば、資本という形で借金と相殺できるものがでてくる。
 このような議論ができれば、政治の参画も違ってくるのではないかと思う。ネット社会で、色々の議論ができる今だからこそ、このような成熟した中間層の存在が重要である。親子関係の政治ではなく、大人同士の政治関係でないといけない。

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