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2017年3月 1日 (水)

若者の対人スキルの変化と管理職の能力について

 昨日の日経BPのHPで色々と思いついたことがある。
 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/022400093/?n_cid=nbpnbo_twbn&rt=nocnt
 この記事では、働いている子に、やりがいを強要して、過酷な労働に追い込むという図式で議論している。
 ここで注意すべきことは、働いている子に、「やりがい」を教えないといけないという話である。この話に対して、30年ほど前の私たちの世代なら、
  「お客様の笑顔がやりがい」
  「先輩の一言でやる気が出た」
という風に、自分で感じたものでやりがいを見出したと思う。
 このような感性が、鈍くなったというか、文部科学省推薦の教育をもらわないと、「やりがい」が解らないというのが現在社会の若者ではないかと思う。相手の表情という感性的なモノより、ネット上の「イイネ」の個数で反応する、このようなデジタル化で感性が変わってきたと思う。
 さて、この記事では、変動負荷に対する調整労働力として、アルバイトに依存する話が出ていた。これも、管理職の能力低下として大きな問題である。この記事では、派遣労働者の代わりに、アルバイトの作業量の調整という安易な話になっていた。
 しかし、管理職の根本的なミッションとして、負荷変動に強い組織づくり、業務体系を考えることは重要な事項である。低負荷時にはどのような作業を入れ、高負荷時にはどのような体制で対応するか、これを考えるの管理職の腕の見せ所である。
 私の経験では、仕事に納期が緩いものをベース負荷として持つことで、通常の負荷より多い目の人材をプールする。その人材を回すことで、高負荷に耐えるようにする。このような解決も一つだろう。マクドナルドのマニュアルには、暇な時には作業者の訓練を色々行うというのもあった。このような発想が必要ではないかと思う。

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