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2017年5月11日 (木)

揚げ足取り社会(批判追及社会)への対策

 先日、日経BPのHPで
  「監視」「批判」がはびこる社会は破滅に向かう
という記事を見た。
 確かに、このような批判ばかりの世界は、将来が期待できないように思う。
 ただし、この記事で書いている、「戦前の非国民騒動」に関しては、私個人としては別のものがあると思っている。特に戦争初期に関しては、
  「勝ち馬に乗れ」
とばかりに、民衆の方が熱狂した時期がある。確かにこれをあおったのは政府だが、それ以上に民衆が暴走した。そして引っ込みがつかなくなって、敗勢が濃くなっても、それを言うと「非国民」と相互監視していたように思う。しかも戦後は、自分たちのしたことはすべて忘れ、
  「政府が悪い」
  「軍部が悪い」
と押し付けていた。
 このような現象で、脛に傷持つ人間が、他人を追究する側に回ることで、自らの安全を図ろうとした。これが戦後の日本にかなり影響している。

 さて、現在の批判社会に関して言えば、わが国の政治家のやり方を見れば、子供がそれを見習うのは当然である。かなり多くの野党の質問は、「揚げ足取りの批判」である。週刊文春や週刊新潮が、マスメディアの中で特別扱いされ、国会議員が週刊誌の内容で質問する。この異様さをもう少し考えるべきだと思う。

 この原因を追究すると、政治における野党の立場という議論になる。この問題をもう少し深めると、野党には2種類あると思う。一つは、かなり力があり、いつでも政権を担える野党である。もう一つは、政権を担う力がなく、与党の監視や補完的な勢力である。
 民主党政権時代の自民党は前者であり、いつでも政権復帰する準備があった。一方、今の民進党の立場は後者だと思う。前者の政権を担える立場なら、確かに今の政権をつぶすための、批判監視という手段もあるだろう。しかし、政権担当能力のない今の民進党なら、取るべき戦略は違うと思う。
 一つの答えは、維新のやり方だと思う。自分の主張を上手く与党に飲ませる。この手法が、弱小政党の戦術だと思う。

 このように考えると、議論での負け方や、弱い立場での戦術、このようなモノを教えられた経験がないように思う。勝ち負けで、勝ったものに従え、だけではいけない。負け方にも戦術があり、上手く妥協点を図りながら、得るべきものを得るのが大切ではないかと思う。

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