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2017年6月23日 (金)

お上を信じる我々の行動

 先般から、北条泰時について読んでいると、いわゆる「大岡裁き」の原型は、北条泰時の裁きにある。つまり、貞永式目にある、ということが解ってきた。このように、「お上の裁き」というか「お上の救済」を素直に信じる心が、わが国にはある。
 これは、世界の国々を見たとき、特異な事例ではないかと思う。
 この理由を少し考えて見た。まず、承久の乱以降の日本では、貴族階級の制度が崩れている。本来武家社会は、農民と一体であり、実力主義の世界である。支配者でも、別世界の人間ではないという点が、一つあると思う。
 もう一つは、貞永式目が、江戸時代までは、手習い教材として、広く普及していたという、山本七平の指摘も、見逃してはいけないと思う。共通の規範を皆が知っている。このような、固有法を皆が知ることの力は大きいと思う。
 こうして、武力での解決より、「お上の裁き」を重視する文明が育っている。
 このような『お上』を信じる行動は、世界で同様に成立すると考えてはいけない。

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