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2017年6月25日 (日)

よい「批判」と、悪い「批判」

 自民党議員さんたちが
 「批判なき選挙、批判なき政治」
と言って、『批判』されている。
 この話について、少し深堀してみたい。まず原則論として、健全な民主主義の成立のためには、批判勢力の存在は必要なものである。これは、近所のK国やC国を見れば、よくわかる。
 しかし、今回の国会を見ても、民進党の騒ぎ方は、「健全なる批判行動」と言えるか、かなり疑問に思う面がある。ここで、大阪の末知事の論法の、「よい忖度と悪い忖度」に倣って、「よい批判」と「悪い批判」を区別してみたい。
 よい批判とは、その批判が今後の政治上の改善につながるものである。建設的なものもあれば、欠陥を指摘するものもあるだろう。

 さて、「悪い批判」はなぜ悪いのだろう。私の意見では、
  「暗殺の発想の批判」
が悪い批判である。暗殺とは、極端な言い方であるが、
  「批判対象の政治家を引きずりおろす。」
この一念の批判は、ターゲットの政治生命を断とうとすることで、ある種の殺意を持った行動の一種と考えてもよい。このような殺意を持つ行動に対しては、自己防衛本能が働くのは当然である。
 このような、政治生命を絶つ、引きずりおろすという行動は、小泉選挙にもあったし、大阪での橋下攻撃にもあった。そして現在の、安倍内閣に対する、一部新聞にもそれを感じる。民進党の攻撃にも、同じものを感じるが、民進党自体がお粗末なため、あまり致命傷にならないので、政府与党も感じてはいないかもしれない。
 もう少し歴史を見れば、60年安保闘争も、当時の岸首相を引きずりおろすことが主目的で、安保自体の本質についての理解は低かったように思う。

 このような、個人の引きずりおろしだけを考える、政治姿勢は、幕末の天誅暗殺の時代と、本質的に変わらないように思う。民進党でも、前原一派なら、もう少しまともな議論ができたのに、残念なことである。

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