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2017年6月 9日 (金)

軍事学問にみる明治の教育の歪

 明治以降の教育の歪に関して、「歴史群像6月号」に、興味深い記事があった。p50~p64の「日本陸軍用兵思想史:瀬戸利春著」である。この中では、まず幕末から明治維新の時期には、軍隊の兵器などのハードウエアの必要性と、軍隊の使い方というソフトの両面を学ぶ必要性を、指導者たちは認識していた。しかしながら、近代工業産物の兵器の導入が優先されて、用兵思想の導入は後回しになった。

 軍事に関する関心の持ち方で、まず目につきやすい、形のある兵器から入り、対で組織、最後に用兵思想という順序は、現在に至るまで日本人一般の軍事に対する基本的態度として受け継がれているように思われる。 p52

 その後、明治政府はフランス式を導入しようとし、その後ドイツ式に切り替える。しかし、フランス流の「攻撃主義・精神主義」の影響を受けている。(大和魂の精神主義でなく、フランス陸軍思想の影響であることに注意)
 そうして、陸軍大学が軍の指導者の育成を担うことになるが、「戦争哲学」の科目はなかった。また、クラウゼヴィッツの「戦争論」も部分的な翻訳しかされなかった。

 第2次大戦まで話を進めると日本の用兵思想の立ち遅れは明確である。

筆者の個人的見解であるが、各国の軍の特質を考える上で、「サイエンス」、「マネジメント」、「アート」の3つの傾向があると考えられる。
~一部略~
日本陸軍が、三要素のうち一つの要素でも卓越したものはなかった。

サイエンスの卓越したのはソ連軍、マネジメントに長けたのがアメリカ軍、そしてアートが優れたのはドイツ軍である。

 このように見ると、本質的な「戦争哲学」を考え、議論する風土がなかったことが、第2次大戦のお粗末な戦争指導に至ったことがよくわかる。石原莞爾の戦争論がもてはやされていたが、あのレベルで感心すること、そしてそれにきちんと反論できなかったこと、これがわが国の状況をよく示していると思う。

 この話は軍事だけだろうか?

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