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2017年6月 7日 (水)

「Xジェンダー」と言わないといけない社会に誰がしたか

 今朝のNHKニュースで、自分の性別に悩む「xジェンダー」を取り上げていた。
  http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170607/k10011008781000.html
この話は、先日から私が書いている、明治からの教育と絡むものがあるので、少し議論していきたい。なお今回の議論は、露骨な性的表現が入ることを、あらかじめお断りしておく。
 まず。明治以降の教育の関係という議論をするなら、明治より前の世界を考えて見たい。西鶴の一連の著作にも描かれているように、江戸時代の子供の性的成長は、バイセクシャルだった。男の子で言うと、成長するまでは、男の人に愛される。もっとはっきり言えば、自分の尻で相手のものを受け入れて、満足させる役割を果たす。そして自分が成長すると、今度は自分のものを、今までの相手や、より若い子に入れて満足する。そのうちに機会があれば、女性に対して行為を行うようになる。
 女性の方も、近くにいる相手から、性的な愛撫を受ける。これは男でも女でもよい。このような、LGBTでいうならB(バイセクシャル)が多数派であった。

 これが明治の文明開化で、西洋風の「正しい」性道徳が入ってくると、キリスト教文明の
  「同性愛は異常」
という価値観を、皆に教えないといけないという動きになる。そのために学校教育システムが色々と動き出す。ここで、
  「正しい性行為は、結婚した男女の間で行うものです。」
という教育が行われるようになる。

 さて、時代を50年ほど前に戻してみよう。私が中学の時代には、O社やG社の中学生向け雑誌が全盛の時代であった。その時代では、性教育の役割を、そのような雑誌の付録が担っていた。
 そこで力を入れていた記事は
  「マスターベーションは正常な行為です。適度に行ってもかまいません。」
という内容であった。しかしそこで注意すべき内容がある。
  「友達と一緒に相手の性器を刺激する、相互自慰はいけません。」
という一節である。この記述には
  「そのようなことをしていると同性愛に走る可能性が出る。」
が続いている。

 このような形で、「正しい」性的行為を押し付けてきた結果、多様な性感覚を持つ人が悩んでいると思う。
 最後に江戸時代では、男色をしない人間を、おかしいとみる傾向もあったことを付け加えておく。
 「正しい」ということは、時代によって変化する。これに対して、根本的な議論と理解が必要ではないかと思う。

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