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2017年7月20日 (木)

手話を言語として認めるために 多様性への対応の検討

 

今井絵理子参議院議員のブログで、多様性に関する議論をみた。確かに、多様性を受け入れる社会にすることは大切であるが、そのための困難も多い。

 私が昔会社で研修部門にいたとき、同じ課の別のグループで聴覚障がい者の社員受け入れをしていた。そこで研修課員全員が、新入社員へ挨拶する機会があった。そこで、せめて名前ぐらいは、手話で伝えることができないかと、少し調べたが、難しくてあきらめた。
 そこで指文字も検討したが、これも時間内に習得できないとわかり、鏡文字で自分の名前を大きく書くことで対応した。

 その時、聴覚障がい者の指導に当たった人間の感想は
 「感情面の伝達に苦労する。危険作業に対して怒っているのに、
 それが伝わらない。」
であった。

 この意味は、今なら少しは理解できる。
 手話にも、「日本手話」と「日本語対応手話」があり、聴覚障がい者の方が、自然に使用する場合には「日本手話」のほうが、自然なコミュニケーションができる。ただし、文法などは日本語と異なっている。日本語対応手話は、極端な言い方をすれば、日本語の単語を手話で置き換えたものである。
 ここで、「日本手話」というものを理解していない人は、自分が伝えたいことに、手話の単語を当てはめる。または筆談で伝える。このようにすれば、十分と思い込む可能性がある。しかし、母語としての、「日本手話」で育った人には、そのような手法では、感情面などの伝達は難しいということになるだろう。
 実際、あいさつなどするとき、同時に手話を交える人が、近ごろは出てきた。しかし、彼らが行っているのは「日本語対応手話」ではないか。語順を入れ替えながら、スピーチと手話を並行して行うのは、難しいと思う。
 今の手話通訳の訓練などでも、本当の日本語手話ができる人が、どれほど育成されているのだろう。

 さて、今度は「日本手話」を、母語として育った人が、学問で直面する問題である。現在の学問は、やはり教科書などの書き物による情報伝達が、大きな意味を持つ。それを読むとき、日本語の文法にきちんとなれる必要がある。

 このように考えると、聴覚障がい者の教育には、本質的なバイリンガル教育が必要になると思う。このような観点で、もう少し議論の深堀が必要ではないかと思う。

この記事を書くとき、以下の日経BPの記事を参考にした。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/222363/070600009/

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