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2017年7月16日 (日)

自己責任論について少し

 先日から、カウンセリングの時に、カウンセラーを選ばないといけないという議論になった。これは、いろいろな場面で遭遇する問題であり、指導者などの個人差の大きいとき、どうしたらよいかという問題である。
 この問題を、難しくするのは、本来指導や治療を受ける人間は、知識や情報が少ないから、指導や治療を受けるという、当たり前のことである。つまり、

  「指導者や治療者を選ぶだけの力がない」

状況が多くあるという事実である。
 よく「自己責任」という言葉を聞くが、それは自分の力で、納得した選択ができた場合の話である、自分の選択に関して、自分で責任を取る。これが原則である。さて、この話をさらに複雑にしているのが、現在のネット社会である。良いも悪いも、ネット社会の情報アクセス可能性は、今までの統制的な情報の流れを変えるようになってきた。
 そこでは、いろいろな人の評判が、情報として流れている。そのような情報により、自分で判断することも少しはできるようになってきた。このような状況は

  「自分で判断したのだから自己責任だ」

という議論も、少し説得力がある。

 しかし、「自己責任」と、単純に投げてよいのだろうか。インターネット上に、情報提供はされている。しかし、その評価法を知っているのだろうか?偏った情報で判断することがないように、いろいろな側面から見て、自分で評価する力、これが本当に備わった「大人」の判断ができるように、育てる仕組みができているのだろうか?
 少なくとも、教師の言う通りが「正解」と押し付けられた教育では、このような判断力はつかないように思う。
 その力がないのに、自己責任と突き放してよいのだろうか?

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