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2017年8月31日 (木)

ヒットラーに関する議論封殺問題

 麻生副総理の
  「ヒットラーの動機は正しかった~~」
という発言が、まともやマスメディアの批判を浴びている。
 http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/29/aso-taro_a_23190121/
 この発言が不用意なものであることは私も同意するが、それでもこれを攻撃する側にも、違和感を感じる。
 まず議論すべきは

  世の中に本当に、生まれつきの悪人しかいないのだろうか?

という問題点である。つまり、

  「ヒットラーは生まれつきの極悪人である」

というラベル付けというか、分類をしてよいのだろうか?
 もしそうでないなら、どこかで悪い道に走った分岐点を追及する研究は、大きな価値がある。その論点でいえば、

  「動機は正しいが結果が悪い」

という議論も成立すると思う。私は個人的には、「ヒットラー」があれだけ権力を持った背景には、第1次大戦の戦勝国のドイツいじめがあり、その不満の爆発があったと思う。このような
  「虐げられた国民の開放」
という動機は、ある程度認められるものがあると思う。

 このような観点で考えると、今回のヒットラーだけでなく、オウム真理教事件の麻原死刑囚に関しても、どこかで道を誤った転換点や理由を考えるべきであろう。その議論の時、

  「出発点は純真な宗教的発想だった」

ということを否定することは、本質の議論をできなくしてしまう。
 このような本質を見ない議論が多くなっているように思う。

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