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2017年8月11日 (金)

農地に関する歴史的考察

 先日は、農地の転用に関して、戦後の農地解放に関連して、少し議論した。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-094d.html
 つまり小作していた人間が、農地解放で安く手に入れた土地を、転売して儲けたという話である。
 しかし、この話にはさらに歴史的ないわくがあることが分かった。
 明治維新の前には、「開墾小作権」というものが存在した。つまり、土地を開墾させる代わりに、その土地をそのまま使って農業をしてもよい、という権利である。これは歴史的に考えると、律令制度の時代にあった、墾田私有の法の流れで、それを荘園という形で権力者に寄付し、庇護を受ける形式が、江戸時代まで継続していたのである。
 つまり、小作といっても、先祖が開墾した土地で、自分の所有権を主張してもよいような土地である。このあいまいさが、明治の民放でも「永小作権」という形で残っていた。

 さて問題になるのは、このような小作権に関する難しい話は、学校教育で習う歴史から消えている点である。
 この話の根本には、明治政府の文明開化を急ぐため、江戸時代の良いものを消す必要があったのではないかと思う。

 もう少し踏み込めば、江戸時代でも経済の成長はかなりあった。鎖国という閉ざされた社会で、どのように成長したのか?この答えは、埋め立てや、開墾による土地増加が、大きく影響している。二宮尊徳の話も、本質は開墾である。一所懸命という言葉は、自分で開いた土地を守る、と考えれば重いものを伝えてくる。
 そして明治時期には、経済成長の主体が、工業化に代わっていった。農村からも工場へ出稼ぎや、子供を働かせるようになっていく。このような経済の主体の変化などの観点でも、歴史を見るべきであろう。

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