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2017年8月14日 (月)

本を読むということについて議論があるか

 先日、東洋経済オンラインで

世界のエリートが本の「多読」をしないワケ 「使い倒す」を意識したほうが効果的

という記事を見た。確かに、読書の冊数だけで、評価をすることは、善くない結果となることが多い。しかし、なぜこれが良くないのか、きちんと説明できる人がどれだけいるだろう。
 私は、本を読むときに、精読・多読そして、摘み読みの3種の読み方があると思う。まず、その分野の全体像をつかむためには、一冊の本を精読して、きちんと概念装置などを理解しながら、全体像の把握をすべきである。但し、この教科書に出会うまでに、いろいろな本を試し読みする多読も必要になる。さて、一つの芯ができたら、それを膨らますために、多くの本から関連情報を見出す多読が有効になる。
 そしてさらにするむと、新しい本でも書いてある内容が予測できるようになる。その予測と突き合わせ、新しいものだけを拾い出す、拾い読みも効果が出てくる。また、一つの本に書いているる手法を生かすことも重要である。そのためには、実地で仕事をしたり、勉強のためのケーススタディを読み込むとき、非必要な本を手元に置き、その時々にそのページをめくって参照する。もっと進むと、主要部分を暗記するまで繰り返し読む。その内容が、現実の経験と自然に付き合わされるようになれば、本当に生きた知識になる。

 ここまで理解しておくと、「使い倒す」という言葉が分かってくると思う。
 ケーススタディの演習でも、単にそこで答えを出すというだけでなく、そこから今までの学問をどこまで生かすか、ここまで考えて取り組むことが大切ではないかと思う。

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