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2017年9月 1日 (金)

戦後の平等主義教育がもたらした弊害について

 日本の戦後教育というか政策の中には、行き過ぎた平等主義があったように思う。
 この弊害について、日経BPのHPに、

農地の地主は経営ということについて考えていた。
その地主の仕事を評価せずに、小作人の権利ばかりを重視した農地解放の結果、農業における経営努力が弱くなった。

という趣旨の記述があった。
 この話は、いろいろなところで成立するように思う。マルクス主義の「不労所得者」に対する攻撃で、本当の経営者をつぶしてしまった。もっともこれはマルクス主義だけでなく、お上の指示に従わせたい、行政側の意向もあるかもしれない。
 また別の面では、だいぶ前に書いたが
   「皆が主役の学芸会」
問題がある。全員がシンデレラの役をやる学芸会という、とてもつまらない話である。

 さて、このような教育の行きつくところは、多様な貢献を認めない、という話になる。
 そこでは経営努力を認めない。一方で、一つの評価基準で進むため、枠があれば競争になってしまう。
 学芸会でも、いろいろな貢献が必要である。主役だけでなく脇役の仕事を認めない。このようになって、主役だけを争う競争社会になれば、その社会は崩れていくと思う。

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