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2017年9月 4日 (月)

西洋文明的な個人主義だけでよいのか?

 先日から、強い組織というものについて、少し考えている。
 その一つの候補は、
  「仲間の成功を自分のものとして喜べる組織」
である。
 他人の喜びを自分の喜びとして感じる力、これは対人能力の一つとして、子供のころから育てるべきものである。逆の言い方で、
  「他人の痛みが分かる人間」
という表現もある。
 このような能力を、どのように育てら良いのだろうか?学校教育の中で育てることが、できるのだろうか?
 私は、団体生活という意味では、学校の中で他人との連帯が育つ可能性があると思う。しかし、根本的に違うものもあるように思う。
 その理由は、明治以降の教育が、西洋文明的な教育であり、個人主義的な要素が大きいように思うからである。仏教的な考えなら、根本的な共通感覚としての「仏性」があった。日本は法華経の力が大きく、皆に仏性があるという発想はいろいろな面でしみわたっていた。
 これが壊れたのが、明治以降の文明ではないかと思う。そしてそれが徹底したのが、敗戦後の教育ではないかと思う。
 しかし、もう一度
  「人の心を思いやる。他人の喜びを自分のものとする。」
力を、育てる必要性を考える時が来たのではないかと思う。

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