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2017年9月24日 (日)

中間層を育てていない理由

 昨日書いた、中間層の問題に関して、なぜこのような状況になった考えてみた。
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-7805.html
 一つの事例は、農業に関する政策である。第2次大戦前までは、地主小作という制度があった。そこでの地主たちは、一応経営ということも考えていた。国の農業政策と、実際の耕作を行う小作人の間に、地主という経営的側面を考える層が存在したのである。
 しかし、これを壊したのが、戦後の農地解放である。この思想をもう少し踏み込めば、マルクス主義の
  「土地代などの不労所得を搾取する悪人」
という発想が見えてくる。
 このように、経営的な動きを評価しない発想の一つは、マルクス主義教育にあると思う。

 しかし、これだけだろうか?

 私の考えでは、もう一つ明治維新からの、「お上のご指導」もあると思う。具体的に言えば、
  「政府(官僚)の言うことに素直に従え。」
ということで、中間で考えることは不要との発想である。確かに均一な社会で、一方向への成長路線はこのような発想でよかった。
 もう少し言えば、戦前の日本軍の特性もこれに近い。皆が、司令部の言うままに突撃する。言われた通り死んで来い、という発想である。
 日露戦争の旅順攻撃の時に、白襷隊を、分散指揮で活用すれば、浸透作戦の先駆けで大成果を得たかもしれない。しかしそれをせずに、皆が一方向の突撃を行って、多くの損害を出した。
 この延長は、太平洋戦争の悲惨な結果である。

 このような、急速な発展手段としての「ある種の独裁」の世界では、中間層が育たないのではないかと思う。

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