ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 「話せばわかる」の裏にある「言葉に出せないものを無視」 | トップページ | 中間層を育てているか »

2017年9月22日 (金)

「食の安全」の観念がないのか?

 神奈川県の某町での、中学生の給食の食べ残しが多いという問題が、大量の異物混入事件に発展した。
 私は、一時期だが食事を提供する部門の管理者として、働いたことがある。その経験から、この話に関しては、色々と言いたいことがある。

 まず基本は、

   「食の安全」

という概念があるかどうかである。安全管理に関しては、現在はかなり厳しい管理が行われている。その中で「ハインリッヒの法則」は、皆に叩き込まれている事項である。具体的に言うと、

大きな事故が1件あるときには、29件の小さな事故があり、事故に至らないヒヤリハットが300件ほどある。従って、ヒヤリハットのレベルの事象を無視せずに、きちんと原因究明をすることで、大きな事故を防ぐことができる。

という考えである。

 このため、私が管理しているときにも、「髪の毛一本」の混入でも、状況写真を撮り報告する。また、髪の毛は解析に回して、
   「熱処理を受けているか」
を調べて、調理前の混入か、調理後の配膳作業などかを、追及している。そのあと必要ならば、服装の点検や修正を来なっている。その他、「黒い異物」の混入があったときは、調理器具を徹底して調べ、鍋の底に錆のようなものが付着しているのが分かったので、即刻新しい鍋を購入させた。

 このような、異物混入時点でも、しっかり対策をとる。これぐらいの厳しさが、「食の安全」には必要である。
 この給食業者の姿勢や、同町の教育委員会の姿勢には、どうも生ぬるいものしか見えてこない。生徒の食べ残し問題を、

   「わがまま」

と放置する、権威主義的な体制が、これを生んでいると思う。

 また、某スーパーのO157問題でも、

   「トングの使いまわし」

が指摘されている。食品を扱うとき、他の食品が混じっていると、気にならないのだろうか?そのような細部へのこだわりが、安全を確保すると思う。

 細部へのこだわりから、重大事故を防ぐ、これが管理の基本ではないかと思う。
 私の勤務中は、幸いにも食品の「重大事故」はなかった。私は毎日無事故を祈り、神様にお願いしていた。すでに退職して数年になるが、先日も、食の安全の神様に、お礼参りしてきたところである。
 このような気持ちが、関係者にあったのだろうか?

« 「話せばわかる」の裏にある「言葉に出せないものを無視」 | トップページ | 中間層を育てているか »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「食の安全」の観念がないのか?:

» 中間層を育てているか [勉強の方法補充]
 昨日書いた、「食の安全」問題に関しても、現場の監督者や管理者の責任は大きい。  [続きを読む]

« 「話せばわかる」の裏にある「言葉に出せないものを無視」 | トップページ | 中間層を育てているか »