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2017年10月 6日 (金)

一度はソクラテスの対話を味わうのもよい

 昨日は、プラトンの「テアイテトス」田中美知太郎訳:岩波文庫版を肴に、ソクラテスを批評家的上司に例えて、パワハラや過労死の問題の一つの原因とばかりに書いてしまった。
 しかし、教育というか、自己鍛錬のためには、ソクラテスの徹底的追及を、自分で味わっておくのもよいと思う。物事の根拠を、教科書などの鵜呑みにするのではなく、自分で徹底的に考える。そのような訓練として、ソクラテスの「産婆術」の洗礼を受けることは、善いことかもしれない。しかも自分が追及されるのではなく、他人の追求状況を客観的に見る。これは精神的にも不安が少ない。このようなものを若いときに味わうことは、良いと思う。
 もう一つ言えば、「テアイテトス」の話には、多くの脱線が含まれている。本質の追求や、議論としての本筋からがずれるかもしれないが、このような側面からの支えも、しっかりした議論には必要ではないかと思う。
 私も、若いときにこの本をしっかり読みこむべきだったと、今になって思っている。

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