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2017年10月12日 (木)

過労死問題に関連して個人能力の議論(文系の専門性)

 先日は、過労死問題に関連して技術職の立場で、個人の能力に関して少し触れた。
 少なくとも工学部の出身者に関しては、専門性がある程度学問知識でも認められているので、このような能力問題が表に出る場合もあるだろう。実際、代数の知識が不十分なまま、既存のコンピュータプログラムの処理を見ても、何をしているのか理解できないだろうと思う。
 しかし、文系の場合には、このような専門性が認められているのだろうか?
 
   「採用時選考に当たっては、大学名を見るな!」
という議論がまかり通る世界である。実力主義といっても、能力評価はSPIなどの適性検査になる。
 これで本当に良いのだろうか?
 例えば、企業で規則などを作る作業の人材を採用したとする。
 そこで法学部などの、きちんとした訓練を受けた人間とそうでない人間の実力差は、どれくらいあるのだろう?
 さらに言えば、有斐閣の「法学の基礎:団藤重光」を、理解した人間と、そうでない人間はどれほどの差があるのだろう。
 
 このような議論も必要ではないかと思う。
 もう少し解説しておくと、上記の「法学の基礎」は、確かに法律を作る立場の人間に、必要とされる知識を網羅していると思う。そういう意味では基礎である。しかし、そのため個別の記述は恐ろしく簡潔であり、それを読み解くためには、広く深い教養が必要である。それこそ、プラトンの「国家」からカント、そして現在の経済学などの西洋文明の知識が一方にある。
 もう一方では、日本の歴史もきちんと理解しておかないといけない。
 
 一例をあげると、土地の開墾した者の権利に関する議論は、p66~p67に10行程度で書いてある。しかし、少し踏み込めば大宝律令の土地の国有、墾田私有という形で崩れる過程、そして荘園制度となり、それの痕跡が江戸時代まで続く、そして明治に近代法が成立して、徳川時代の永期小作権の処理に困ってしまうが、戦後の農地解放で実質解決する、という深い話である。
 これが叩き込まれた人間なら、一つの法律を作るために、既存の法律を調べ、対応律令まで遡ることの必然性が納得するだろう。
 しかし、限られた講義の時間で、ここまで理解することができるのだろうか?少なくともかなり広く深く教養を身に着ける力が必要である。
 こうして考えたとき、やはり文系の学問でも、色々な実力差があるのではないかと思う。

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