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2017年11月14日 (火)

動機づけ主体の管理の怖さ

 昨日書いた、EQ(感情面)を主体とする管理について、もう少し書いておくことがある。
 それは、動機付けだけを中心とした管理が、組織を滅ぼすことがあるということである。これは、トップ層が過去の成功体験にとらわれているときに多い。シャープにしろ東芝にしろ、過去の成功体験にとらわれて、
   「イケイケどんどん」
と転落への道を進んでいった。
 ここで怖いのは、動機づけ主体の管理というのは、結構成果が出るということである。
 経営の話とは少し離れるが、明治以降の日本陸軍を考えてみよう。
 日露戦争の日本陸軍の指導者は、精神面と武器の使用に関して、バランスが取れていた。兵士の勇敢さを顕彰する一方で、銃や弾薬の補給もぬかりなく行っている。ロシア側より銃弾は豊富であり、銃剣突撃に依存していたのはロシア側だったという説もある。
 しかし、日露戦争ほどの物量作戦は、短期ならともかく長期的には日本の国力では、持続できないことは事実である。そこで行ったことは、精神主義への転換である。つまり、小銃の弾薬を使わず、敢闘精神をもって銃剣突撃をしろという訓練である。
 ただし、ここで注意しないといけないのは、この精神主義が、ある程度成果を出すということであっる。太平洋戦争に於て、少なくとも初期のフィリピンでの戦いでは、日本軍はアメリカ軍に勝利している。このように敢闘精神だけでも、中途半端な成果が出ることを、知っておかないといけない。
 このような成果に甘んじていると、最後の悲劇がくる。
 管理者や経営者は、肝に銘じておくべきである。

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