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2017年11月 3日 (金)

情報の中身に注目してインターネットを考える

 昨日は、情報伝達という観点で、東西文明を考えてみた。
今日はその続きで、インターネットの社会への影響を、情報の流れに注目して、考えてみる。
 
 インターネットのそもそもの発想は、1960年代の末(冷戦時代)に、アメリカの国防総省が通信の強靭化のため、分散したネットを使うという発想で、ARPANETを研究的に大学などを主体に構築した。このネットワークは、すぐに研究者の間で重宝され、1970年代には国際的な接続となっている。この段階では、研究者の論文を送り、お互いに検証するなどの用途が多かった。
 この前は、印刷した論文を発表することが、主要な議論手法だったことを考えると、通信網で論文やその案を交換することは、学術交流の幅を広げることになった。ここで注意すべきは、英文の論文はタイプライタで作成するので、ネット上に載せるのが容易であった点である。日本の場合には、この克服として、1977から始まる、日本語ワードプロセッサの開発普及で、キーボードによるかな漢字変換が推進されたことが、ネット接続の一つの要因となっている。
 1990年代の前半には、このような通信がパソコン通信という形で、学問世界だけでなく民衆にも普及しだした。(ただし、一部のマニアの世界であった)
 Webページの登場は、1980年代末から、1990年代であり、HTMLによる記述とそれを見るブラウザの登場で、文字だけでなく図や画像も公開できるようになった。これに合わせて、マイクロソフトが、Windows95を発売し、パソコン操作をマニアの手から、大衆の手に移した。こうして、多くに人がWebページをパソコンの上で見るようになってきた。
 このような、世界に広がる、Webページから必要なものを探す、検索ソフトへの要求は必然的なものであり、人手による情報整理を済隊とするYahooと、ロボットプログラムによる検索ソフトが色々と出現したが、現在ロボットによるMSNとGoogleが、検索の大手として君臨している。
 ただし、この時代でも、情報発信者はWebページを作成できる人または組織であった。
 2000年代には、この状況が一変する。まず、2002年から始まる、ブログの普及は、だれでも書き込めるというサービスになった。(この時期は文書情報が主体)そして2004年にはFavebookやTwitterという、現在でおなじみのSNSが出現している。
 続けて、Youtubeが2006にGooglℯ に買収される。
 この時点で、かなり多くの人が、情報発信者となった、
 そして、2010年代には、スマホが普及してくる。カメラによる画像と、その時の感想を同時に投稿できるようになり、ますます情報発信のハードルが下がって、多くの人が情報発信者になるようになった。
 また、Twitterのフォロー者数や、インスタグラムなどのSNSでのイイネによる、評価が注目されるようになってきた。
 このように見ると、情報発信の大衆化、そして評価の大衆化が、インターネットの歴史に見えてくる。
 

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