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2017年11月21日 (火)

情報のフィルタリングについて

 情報処理学会誌の最新号の、デジタルゲリマンダ特集を読むと、フェイクニュースの拡散の理由の一つとして、フィルターバブルという現象を指摘している。これは、Facebookなどの「親切」な機能により、自分のみたい情報だけを選んで与えられ続けるために、自分の思い込みを強化し、しかも反論などに触れることが少なくなって、反省する機会がなくなる現象である。
 このような現象が、SNSなどのネット上では、多く発生するので対策が必要という意見を近ごろよく見る。
 
 しかし、考えてみると、今の既存のマスメディアにおいても、結構フィルターはかかっている。何度も持ち出すが、ほんの20年ほど前までは
朝鮮民主主義人民共和国は理想の国、拉致事件はアメリカ帝国主義者と韓国の軍事政権の陰謀である
朝鮮半島出身者の人権を守らないといけない。(この人はのちに拉致事件に関与したことを認めたが、当時この人を追及しようとした人がマスメディアに人権侵害と激しく攻撃された)
というような圧力により、拉致事件のことを報道すらできなかったことを忘れてはならない。つまり、マスメディアにもフィルターが存在したのである。
 
 そのように考えると、現在ならYahooなどのポータルサイトでニュースランを見ると、色々な新聞社の報道が混じっている。これを見れば、今の内閣支持派もいると、反対派の意見もある。一つの新聞だけに頼るよりはよほど健全だと思う。
 このブログでは何回か取り上げた、マックスヴェーバーの
「事実をして語らしめるという姿勢は不誠実」
という言葉が、日本では曲解されて伝わっている。日本のマスメディアの権力と戦った、山本七平の無煙は、今のネット社会が晴らすような気がする。

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