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2017年11月 7日 (火)

部分的知識を持った集団の管理について

 昨日書いた、相互の関係を管理する話について、もう少し考えてみた。
 今回は、会社などで管理職や業務のリーダーの立場で考えてみる。
 つまり、自分のプロジェクトチームに、各分野の専門家というか、得意とする人間がいる。この人たちを集めて、仕事ができるかという話である。各人がばらばらに主張したら、何もできなくなることは、民進党の分裂状況を見てもわかるだろう。一歩、小池流の
  「排除します」
で、意見の合わないものを追い払ったとしても、必要なものを持っている人材を排除してしまって結局うまくいかなくなる。
 従来、このような状況に対しては、「親ー子」関係で解決することが多かった。つまり、「親」の立場に立ったものが、最終的な支配権を持ち、多くの「子」はそれに服従する。特に、従来の延長でモノを作っていた場合には、前の経験が生きることが多く、経験者は全部を知っている。従って親の立場で支配する。一方、未経験の若手は、色々と自分の新知識で提案する。これを、経験者が全体的に見て評価し、現実に合わせて週せしながら採用していく。このような
  「親―子」
関係での管理が、従来路線の延長ならうまくいっていた。
 しかし、現在のように社会の変化が激しいときには、多くの専門家を寄せ集めて、モノづくりをする状な事態が出てきた。このときには
  「成人―成人」
の関係で、だれが親になるかわからない。所謂
  「どんぐりの背比べ」
である。しかもその時に、全体像をだれもが持っていないときには、収束しないトラブルが生じることになる。一部の最適化は、他の部門の犠牲というかトラブルとなる。そこを直すとまた別のトラブルになる。
 このような時に管理者がまずすべきことは、どのようにして全体像を決めるかの議論を行うことである。そのためには評価尺度をきちんとしないといけない。多くの場合には、利用者のことを考えるのが有効な手段である。本当に必要なことは何か、その制約条件は何か、これを考えながら、全体像をまずまとめる。但しこれは、満点の完全版でなくてもよい。完全版を待っていれば、何時までもできない。ある程度の像が見えると、皆が意見を言いやすくなる。そこで収束を図って、良いものに仕上げる。この流れのコントロールが、リーダーの役割だと思う。
 自分の専門だけで、
   「良いモノ」
に執着する人間に惑わされずに、全体で評価する人材を育てることが大切だと思う。

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