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2017年12月16日 (土)

日本のマスメディアの信頼について

 昨日本屋に行く用事があったので、岩波新書の「メディア不信:林香里著」を買った。
 これを見てある程度予想していたが、日本のマスメディアについて、歴史的な観点が全く抜けた議論となっていた。
 私は戦後生まれだが、終戦後の『空気』はある程度分かる。この経験からすると、戦後の日本にマスメディアを信じる気持ちが生じた方が奇跡である。
 状況を整理しておこう。まず第2次大戦に至るまでの新聞の戦意高揚報道はどうだったろう。国際連盟脱退の時に、それをあおった新聞の働きを考えてみよう。そして、敗戦直後の新聞はどうなっただろう。手のひら返しで、
  「マッカーサー翼賛会」
に参加し
  「マッカーサー学会の聖教新聞」
となった。(この部分は山本七平の表現に倣った)
 この後も、アメリカ様の悪口は賭けないから、
  「李承晩ラインの暴虐」
に関しても、どこかに行ってしまった。(本来、北の拉致事件と南の拿捕問題は、どちらも主観侵害の人権問題である。李承晩大統領は、最低の大統領の一人だが、アメリカ様の人選である。)
 また逆の流れでは、
  「朝鮮民主主義人民共和国は理想の国、拉致はアメリカ帝国主義者の陰謀」
というような、共産主義万歳報道もある。
 このような、自分の主義や忖度で曲がった報道を、どうしてここまで信じるようになったか、それが不思議である。
 私はこの答えとして、日本の『優れた』教育システムがあると思う。実は学校教育も、敗戦時の教科書墨塗り事態で、今までの教育を自己否定した。そして、マッカーサー翼賛会に賛同したものと、マルクス主義万歳に分かれた。
 しかし、この後見事に、学校教育に適合し、教師に従う子供の作成に成功する。
 そして、この学校教育と
  「新聞を読め」
がきっちりリンクしている。
  「天声人語は大学入試などで出る」
という形で、A新聞を読ませるように強く勧める。これが日本の教育であった。
 ここまで進めたから、日本のメディア信頼が生まれたと思う。
 

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