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2017年12月 8日 (金)

日本の現場は有能だろうか?

 昨日書いたシャープに関連した、日本の現場の力についてもう少し議論を深めておきたい。
 私は、1980年代はソフトウエアのエンジニアとして、実務と管理を行っていた。その時代で、日米の技術差について、色々と感じたことがある。1980年ごろにあった、PACALとFORTRANの論争もその一つである。これは、アメリカでソフトウエアのプロジェクトを行う場合には、大学で皆が習得したPASCALを使うことが多い。しかし、日本では、社内の蓄積を重視しFORTRANでのプロジェクトとなることが多い。
 この本質は、アメリカでは大学卒業で一人前として、それまでに習得した力で会社に貢献する。一方、日本では、就職後に会社が鍛えなおす。これには両社のメリットデメリットがある。アメリカの方式の場合には、個人の理論的知識が充実し、最新理論なども導入しやすい。一方、日本の場合には企業内の技術蓄積の伝承がうまくいく。
 これを考えると、すり合わせによるモノづくりが上手な日本と、モジュラー化したものが得意な欧米という差もよくわかってくる。集団ですり合わせを行うためには、集団内での合意というか価値観の共有が必要である。このためには、日本的な企業内OJT(仕事を通じた育成)が効果を持っていた。
 さて、PASCALとFORTRANの論争に関しては、どのような結果となっただろう。現在のソフトウエアの状況を知っている人なら、どちらも知らないという答えが返ってくるだろう。確かに、両言語とも欠陥があった。両者の欠陥を埋めたのがc言語であり、UNIXの環境上のサポートで急速に普及した。このようなサポートがしっかりした状況では、集団開発より、少数精鋭による開発が有効になる。実際UNIXも研究所の個人的趣味から発生し、大学などで広がっていった。
 このような、個人のプレイなら、個人的にすり合わせができるし、伝承も個人とサポート環境で行うことができる。
 このような変化に現在の日本の管理が対応できたか、その点が反省すべき点である。

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