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2018年1月10日 (水)

権威は自らの力で維持すべき

 昨日まで書いた、阪大の入学試験騒動に関連して、学問の世界での権威ということについて、少し考えてみた。まず今回の問題に関しては、
  「阪大教授と言う権威だけの問題ではない」
と言うのが私も見立てである。音波の問題を、単純に波の波形(正弦波)だけで、議論しているならば、今回の問題を理解していないということで、取るに足らない批判という思い込みが出ても仕方ない。このような面があると思う。
 さて、今回私が議論したいのは、学校教師の権威の問題である。
 明治維新の後は、教育勅語が誕生し、これによって教師の権威が裏付けされた。そして戦後の裏付けは何だったのだろう。
 一時は、マッカーサー翼賛会の権威であり、マルクス主義の権威であった。
 しかし、現在は「偏差値」の権威ではないかと思う。
 偏差値の良い学校に入れる指導、これだけで教師の言うことを聞かせる。教師の実力によって教え、従わせる。この力がないように思う。
 

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