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2018年1月 7日 (日)

学問の成果(ものの見方が変わる)

 昨日は、学問の目的について書いた。今日は、学問の成果が、私たちのものの見方に、大きな影響を与えていることについて書く。所謂、「物理学帝国主義」の悪影響である。
 これは昨日、NHKスペシャルの人体に関する番組の再放送を、見て思いついたことである。
 NHKスペシャルの趣旨は
腎臓は血管を流れる化学物質をコントロースすることで、人体に関して大きな働きをしている。
ということである。
 
 私たちが、昔習った生物学の知識は、
腎臓は血液の不要物を濾過して、尿として排泄するための臓器である。
というものであった。
 しかし、
 
  「人体を化学的な反応が、色々な部分で進行し、
  それが相互に作用しながら、一つの個体として
  とりあえず安定している存在である」
 
と考えてみよう。人体について、このような見方はそれほど的外れではないと思う。このように考えると、化学反応を制御する物質は、多くは血液中に流れている物質である。その物質の選別を行う臓器としては、まずは腎臓である。もう一つ挙げるなら、肝臓であろう。こう考えると
 
  「肝腎かなめ」
と昔の人が言っていたことがよくわかる。その他の臓器や骨なども、色々な化学物質を出して、体内の各部分に連絡をしている。また、他の部分から出た物質を、受け取って自らの仕事を制御している。このような血流内の物質を、除去する制御をしているのが、腎臓である。
 さて、このような腎臓の働きは、「人体を化学反応の進行している場所」と考えれば、素直に思いつくはずだったのに、今まで考えなかったのはなぜだろう。
 私はここに、近代の学問的成果の悪影響を見た。つまり、物理学帝国主義という発想である。ニュートンの力学にまとまった、物理学の進歩は素晴らしい成果を、我々にもたらした。このことは否定できない。しかし物理学の発想を支えたものについて、もう少し考えないといけない。
 それは単純化である。ニュートンの力学の発想は、地球と太陽の関係を明らかにするというものである。ここで、わざと太陽系と言わなかったのは、単純化して一対一の関係で考えたことを強調した。さらに言えば、地球も太陽も、一点に質量が集中したものとして考えている。このように単純化して考えることで、物理学は進歩してきた。
 このようなものの考え方が、生物にも及んだ結果が、一つの臓器の役割を単純に考える発想である。ここで
  「腎臓は不要物を排泄する尿を作る」
という役割が見つかれば、それで終わりという発想になってしまう。
 それ以上考えない、ここに『科学的発想法』の影響を感じる。
 現在は、このような『科学的発想法』の悪影響にも向き合うべき時が来ているように思う。

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