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2018年2月16日 (金)

いわゆる「竹島問題」のあつかいについて

 今回の教育内容改定で、「竹島が日本固有の領土」という趣旨で記述するらしい。
 私は、このような中途半端な扱いは、大きな禍根を残すことになると思う。
 私の考える竹島問題の本質は、韓国が国際法を無視して設定した
   「李承晩ライン」
である。しかもこの李承晩ラインに関連して、多くの日本人が拿捕され、虐待されたという話も、現在は抑え込まれている。
 さらに加えれば、日韓の国交正常化においても、
   「竹島に関しては、相互にこれ以上は触れない」
という事で恒久解決としたはずである。それを、何度も破った韓国政府というものは、外交上信用できない国であることは明白である。
 このような本質的なものに目を背け、現状を表面的に収めようとする、政府の姿勢には疑問を抱かざるを得ない。
 特に、現在の朝鮮半島状況を見れば、北朝鮮と米国の妥協の結果、
  「北の核を認める、その代わり韓国にも核武装を許す」
等という結果になる可能性もある。
 今までも、韓国政府は自国の民衆の不満が高まると、日本攻撃でその流れをそらしてきた。これが竹島問題を複雑化した一つの要因である。
 このような国が、核武装したらその矛先は、日本に向く可能性がある。
 北朝鮮との間の安易な妥協の危険性としてこれは考えるべきだと思う。

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