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2018年3月20日 (火)

日本の「言霊」の力について

 日本人は
  「平和憲法があると唱えていれば他国から侵略されない」
という、現実を見ない論者が少なからずいる。
 
 この理由にについて、少し考えてみたい。まず一つ目の理由は、戦後の冷戦構造下での、吉田茂首相などがとった、狡猾ともいえる対米政策である。つまり、ソ連や中国という、強力な共産圏と接している我が国を、資本主義というか米国権力化にとどめるための支援の引き出しである。そこで、米国を脅すために、ある程度の共産主義への賛同者が必要であった。ただし、ソ連からの直接的な支援を受けた、N氏の率いるK党は困る。そこで、吉田茂が目を付けたのが有力野党のS党である。水面下のルートで
  「親ソの姿勢を示すことが国益になる」
と伝えた。当時のS党もよくそれを理解し、腹芸で応じた。
 なお、当時の共産国の状況は、かなり危ないモノであり、旧日本陸軍の参謀たちでも、
  「共産国と組むぐらいならアメリカの手先となる」
と判断したほどである。第2次大戦時の、あのような目先の利かない参謀たちですら、見限ったソ連を、万歳して迎えたS党にはこのような裏があった。
 従って、反政府の運動には、まともな見通しや議論が成立する余地もなく、結論ありきで突っ走ってしまう。このような風土ができてしまった。
 
 しかし、もう一歩踏み込むと、日本の仏教の特性が後ろにある。
口に念仏が出る時は、神仏のご催促と心得て夢油断すべからず
という風に、唱えることができるということは、神仏が乗り移って支援してくれている、という信仰がある。
 これによる、言霊信仰は強いものになる。自分が唱えるのは、神のご支援がある。真実だから唱えるという、自己ループで増殖していく。
 これが、日本の言霊国家を強化しているように思う。

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