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2018年4月 3日 (火)

歴史を学ぶということはその時代に立つこと

 歴史を学ぶということは、その時代に生きた人間の感じるもの、知ることができるものを、自分が感じることである。
 単に、年表を暗記するだけで、歴史が分かったと思ってはいけない。その時代の状況をきちんと理解しないといけない。
 例えば、織田信長が今川義元を打ち取った、桶狭間の戦いを考えてみよう。今川義元は大軍を率いていた。しかし、その全体に対して、連絡はどのように行われていただろう。今のように携帯電話もない。そのような状況だと、兵の数に大きな差があっても、実際に駆けつけることができるのは近辺にいる兵だけである。このように考えれば、織田信長が今川義元のいる場所を正確に知ることができれば、そこに自分の率いる兵を投入すれば勝つことができる。
 これは言われてみれば当然のことである。
 これをもう少し一般化して考えると、戦国時代の戦いにおいて、お互いの連絡手段はどのようなものだったろう。騎馬武者の伝令、狼煙、太鼓や鐘の音、このようなものだろう。そのように考えると、分散した戦いなら、侍大将など、現場の指揮官に任せることになる。または、織田信長や豊臣秀吉がやったように、土木工事という形で城や陣地を作り、その中で皆が一斉に動けるようにする。このような発想が必要になる。
 長篠の戦で、鉄砲三千丁が議論になるが、管理という面で見れば三千の鉄砲を活用するには、万単位の人間が同時に戦うことになる。このような広い戦線を管理する力、そのために野戦築城で柵を作ることで、一体化し連絡を密にしたのではないかと思う。
 現在の感覚では、直ぐに全体像を俯瞰して考えて、しかもその中でのコミュニケーションがスムーズにいく状況を想像する。
 しかし、当時の技術力ではそれはできないことである。
 このような違った状況をきちんと想像する。これは多様性に対応する大事な力だと思う。
 

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