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2018年4月13日 (金)

冤罪を生む構造は「科学的思考」の誤用にある

 前にも書いたが、国会での森友・加計問題の追及などでは、
   「総理の責任」
と言う事ばかりに焦点を置いて、
  森友なら
    「税金の無駄遣い」
    「文書管理のずさんさ」、
  加計なら
    「岩盤規制と既得権問題」
という本質的な問題の追求ができていない。
 それどころか、マスメディアの報道と、野党の騒ぎが共鳴して、ある種の空気を読んでいるように思う。
 このような「空気」の発生時に、ともすれば冤罪事件が引き起こされることが多い。
 さて、このような追及を行っている人間の発想について少し考えてみた。
 私の意見は、科学的な原因結果論への思い込みが一つの原因だと思う。つまり、
   原因 ー> 結果
という図式にこだわっているので、どこかに原因を探さないといけない。例えば、森友問題なら、
   結果=大幅値引き
ということに対して、一つの仮説として
   原因=権力者の意向
等という発想である。このような、結果に対して、一般法則
   権力者の口利きで、大幅値引きはある
というものを当てはめて、原因を推測する思考法は、パースの提案したアブダクションである。
 しかし、パース自身も指摘しているように、アブダクションには間違いの可能性がある。従って、他の証拠などをきちんと検証しながら、議論する必要がある。これを思い込みで行うかとは冤罪につながる。よく考えるべきことである。
 この話は、以下の記事も参考にしてほしい。
 
 この議論を進めると、西洋文明全体に影響する、因果関係への過度の執着が、組織内の曖昧な意思決定による暴走に関する解明を妨げる点を考える必要がある。これは別途議論したい。

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