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2018年5月 8日 (火)

1959年のアメリカについて

 昨日書いた、1959年のアメリカという話に、もう一つ付け加えておく。1959年、アメリカのSF作家、ハインラインの名作「宇宙の戦士」が出版されている。
 この中では、当時のアメリカ人の考え方が、よく出ている部分が
  「歴史と道徳哲学」
と言う教科である。この科目は、一般的な学生にも教えるし、軍人の士官候補生にも教えている。つまり、
道徳には哲学が必要であり、軍人の指揮官クラスには、自分の正しさを論理的に主張できる能力が必要
という発想である。
 このように、道徳哲学の観点で歴史を見るという発想は、当時のマルクス主義の攻勢に対して必要だったと思う。マルクスの思想は、理論的なはある種の美しさを持っており、進化論的な議論では、資本主義に対する社会主義の優位性を主張する。このような攻撃に対して、アメリカと自由主義経済を守る。このような観点から、歴史を見た「道徳哲学」の必要性を感じたのだろう。
 しかし、現在の状況を見れば、社会主義の国家は大きく変わっている。独裁政権の末路という形が多い。または、中国のように開放経済で、マルクスもびっくりという形になっている。
 
 この結果が意味することは、社会に対して、単純な進化論の適用は難しいと言う事である。多様な形が存在し、それぞれがそれなりの意味を持っている。
 
 ただし、道徳に哲学的な思考も必要という面もある。哲学的思考をした上で、多様な価値を認める。これが必要ではないかと思う。
 学校教育に道徳を入れることの意義は認めるが。教える側にこのような哲学的思考と、多様化を認める懐の深さがあるだろうか?教科書出版会社の指導書に従うだけの教師に、道徳を教わる危険性をもう一度考えるべきだろう。

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