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2018年5月24日 (木)

弁護士懲戒請求に関してもう少し

 先日書いた、弁護士への懲戒請求の話に関連して、やはり「光市母子殺害事件」関連の懲戒請求事件について、避けて通るわけには行けないと思う。
 私の考えでは、光市母子殺害事件の裁判は、大きな潮流の変化を起こした。つまり
  裁判は法律のプロが理性的に行うー>市民感情(被害者感情)を重視すべき
という変化である。
 もう少し具体的に考えてみよう。
 
「それまでの状況」
 被害者遺族が裁判の場に、妻子の遺影とともに傍聴しようとしたら、拒否された。
 ->裁判に感情的な影響を与えると言う事の合理性はある
「その後の状況」
 裁判において、被害者やその家族の意見陳述も認めら、裁判に被害者感情を持ち込むようになった。さらに裁判員制度の普及により、「市民感情重視」の流れになった。
 このほかの市民感情が、法律運営に影響した例として、危険運転の重罰化がある。
「昔の発想」
 犯罪実行時に、酒や薬物などで理性的判断ができなかった。これは計画性がないから、罪は軽くなる。
「現在の発想」
 飲酒したり、てんかんの発作を抑える薬を飲まずに運転することは、交通事故の可能性を予見できる行為であり、より重い危険運転致死傷罪となる。
(この前の大阪のクレーン車運転手は、てんかんの持病があることを隠して運転したと言って、危険運転致死傷で起訴された。
 さて、光市裁判で問題になった、最高裁の欠席問題であるが、従来の「裁判のプロ同士」という図式なら、弁護側の行動は許容される法廷戦術だった。しかしながら、被害者遺族が、わざわざ傍聴のために上京したことに対して、無駄足をさせて、遺族を傷つけたことに対して、世論の批判が集中した。
 これが上記の、被害者遺族の裁判参加に関する、大きな節目になったのである。
 
 これが形となったのが弁護士たちへの懲戒請求だったと思う。この件に関しては、大阪のH弁護士がテレビ番組で煽ったということになっているが、どこかで別の形で爆発したと思う。
 なお、私もあの番組を見ていたが、H弁護士も色々と悩んでいた。
弁護士の世界の常識と、世間の常識にずれがある
法廷駆け引きとして許されるものと許されないもの、そして世間の許すもの
という話は、飲酒運転など議論していた。
 なお、H弁護士に対する、損害賠償裁判に関しては、最高裁まで行ったが、そこで棄却されている。これも、
   「裁判所自体にも被害者遺族の傍聴に配慮しなかった」
 
という、裁判所自体の反省が絡んでいたように思う。少なくとも、弁護団のうちY弁護士あたりが、H弁護士と遣り合ったら、法律闘争ではH氏は負ける可能性が高い。しかし、それができない世間の風を、弁護側も裁判所も感じていたように思う。 
 

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