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2018年5月 6日 (日)

歴史の学び方について(平等院鳳凰堂を見て)

 昨日のNHKテレビの「ブラタモリ」を見たら、宇治の平等院鳳凰堂が映っていた。
 この鳳凰堂は、1053年に当時の関白藤原頼通が建てたという。
 さて、私たちはこの鳳凰堂について、どのように習っただろう。中学や高校の日本歴史では、
 「1053年に当時の関白藤原頼通が建てた
または、
 「当時の末法思想に対応して、権力者が藤原氏が浄土での救い信じて建てた。」
というぐらいだろう。
 
 ここで大事なことは、当時の状況を想像することではないかと思う。当時は紙は貴重なモノであり、色々な教えを広げることも、口頭の説法などで行われていた。つまり、現在の本は直ぐに買える、図書館に行けばある、という状況ではない。さらに、テレビのようなものもない。従って、阿弥陀如来の救いによる極楽往生と言っても、人々に伝えることは難しかった。今なら、ネット上でも探せば手に入る、地獄や極楽の絵、このようなモノすら貴重品であった。そこで、当時の行われていた仏教の修行法は、
   西方極楽浄土とその教主である阿弥陀如来を観想
  (特定の対象に心を集中させること)する」
であった。つまり自分の力で極楽を想像するのである。このためには、夕陽を見てそのイメージを思い浮かべる日想観など十六の観法を修行することになる。これは、大変な労力を必要とする。
 そこで極楽の状況を仏像や仏画、そして池や庭園などすべてで実現する。これにより阿弥陀如来の救いを、比較的楽に信じられるようにしたのではないかと思う。
 もう少し踏み込めば、当時の生活は現在のように、医療などが充実していない。常に近くに病気や死の苦しみがあった。そこで見ると一般大衆には地獄の方が近く感じられたのではないかと思う。そこで極楽の世界を見せることで、信仰による救いを与える。このような考えもあったのではと思う。
 また別の見方をすれば、仏教の教えは、来世での救いという希望や、他人への思いやりをはぐくむ、当時としては比較的有効な統治手段だったと思う。
 現在の観点で、
  「藤原氏は搾取して権力を誇る」
と言う事だけではないように思う。
 また、平和教育としての仏教という面も、当時効果があったのではと思う。
 とにかく、現在の状況と違う世界を、思いやることが大切だと思った。そして、違う世界を観ることで、現在の特殊性も見えてくると思う。

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