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2018年5月11日 (金)

学校教育で教えすぎているもの、教えていないもの

 今の学校教育は教えすぎという議論はよく聞く。例えば
 さて、ここで何が教えすぎなのだろう。
 私が比較して考えてみたのは、昔の寺子屋教育などである。このときは、古典の素読ということで、暗記するまで教える。そしてその意味解釈は、自分の体験を通じて行っていく。このようなものではなかったか。一方、現在の教育では、知識付与とともにその意味も教えている。つまり学校教育で、完結している。
 しかし、情報として得た知識を理解し、使いこなすためには、その意味の広がりを自分で考えることが必要である。さらに何度も使う体験をして、身についたスキルにまで磨き上げないといけない。
 これは、学校教育で行き届いたものをもらったら、それで安心してしまって、そこから先を自分で拓くことができないようになってしまう可能性がある。
 これが教えすぎの弊害だと思う。
 一方、教えたものの適用にも、例外があったり、限界がある場合もある。このような面に対して、
   「学校は正しい」
という姿勢で、反省しない面が時々見られる。
 科学知識でも、現実の適用するときには、種々の条件を考慮し、教科書通りではいけないという教育、これが弱くなっているように思う。
 

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