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2018年6月29日 (金)

問題解決において客観的な立場の是非

 仕事の上などで生じる「問題点」に対処する時に、
「冷静に客観的であれ」
という姿勢を重視する人もいる。客観的に評価し、さらに理論的に解明する。このような姿勢は、学問の立場では特に必要なものである。
 しかし、これだけでは仕事の上での問題解決では、不十分とみられることが多い。物事に取り込む姿勢として
「自分の問題として熱意をもって取り込む」
ことを評価する人は多い。実際、自分の問題として考えれば、現実的に考え、細部の実行条件などが明確になることがある。そうして理論の不備を補うことができる。
 ただし、主観的になりすぎると、思い込みのための見落としが生じることもある。
 ただ、この
  「客観的見方」
  「主観的見方」
は、どちらか一方だけで済ませるものではない。両面が必要であり、しかも繰り返して見直していくことが大切である。
 自分が棲みこんだ状況で感じたこと、これを客観的に記述し理論的に解明する。そのような目でもう一度棲みこんだ状況を見るとまた違ったものが見えてくる。そうして色々と見ていく。これをまた客観的に書いてみて、理論的に解明する。
 このような繰り返しをしていくと、どこかで
   「安定した!」
と感じる時がある。これが収束点でここまで到達すると、しっかりした意見が言えるようになる。但し、これも勉強が進むと崩れることがある。そのような形で進化していく人が、ブレークスルーを達成する。
 

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