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2018年6月24日 (日)

人間関係に関して金銭面をどう考えるのか

 先日から、人間関係に関して、少し考えている。つまり、
   「金の切れ目は縁の切れ目」
という問題である。もう少し言えば、会社などの立場があるから、色々な人が話を聞いてくれていた。しかし、その立場を離れると、
   「勝手なたわごとを言う人」
としか扱われない。
 私がこのブログのハンドルに「正体不明」と書いた時も、この問題があった。
 しかし、よく考えてみると、商取引などの金銭的な関係でも、人間関係をきちんとした付き合いを成立させることと、そうでないことの違いは大きい。
  「金を出したのだからサービスしろ」
という客と、
  「貴方の仕事を信頼している。その対価をきちんと払う。」
という客ならどちらが、まともな支援を受けるだろう。当然プロなら、
  「対価相当の仕事はどの客に対しても行う」
だろう。しかし、人間関係というものはそれだけではない。信頼・尊敬の上で構築されるものは、色々な有形無形の支援という形で帰ってくる。
 金銭を出すことは、一つの約束事と見て、その上で
  「人間として尊重する」
ことをまず始めるべきではないだろうか。
  「自分が人間として尊重している人は、相手も尊重してくれる」
これが基本ではないかと思う。

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