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2018年7月17日 (火)

学校教育での正解について

 学校教育において、教師が言う正解について、少し深堀してみた。どこかのHPで見た話だが、
「二等辺三角形を書きなさい」
という課題に対して
「正三角形を書いている」
子がいた。この子に
「これも正解だから自信をもって出しなさい」
と指導した。
他の子は、正三角形を二等辺三角形に入れなかったが、先生はそれを正解にした。
という話があった。
 この話は、数学的に言えば正しいことが多いだろう。ただし、論理をきちんと検証すると、この問題も一筋縄ではいかなくなる。まず定義の問題だが
  二等辺三角形:二つの辺の長さが等しい三角形
  正三角形:   三つの辺の長さがすべて等しい三角形
となる。ここで、正三角形の場合にも、どの二辺も等しいのだから、二等辺三角形の条件も満たしているというのが、『正解』にする理由である。
 しかし、これをもう少し考えてみよう。まず明確にしないといけないのは、
    「正三角形は、二等辺三角形に含まれている」
ということである。
 さてここで、世の中の議論において、
    「特殊事例の排除」
ということは、多く使われている点をもう一度確認しておかないといけない。今話題の労働時間規制でも、
    「年収XX以上は除く」
という議論が入っている。ここでは、『労働者』という大きな枠でも、『特定業務に従事する講習入社』という特別な場合は除いている。
 このような論理の立て方からすると、
    「正三角形は特殊なものとして排除」
という議論も成立する。
 
 教育の場においては、数学的議論という前提に建てば、
    「含まれているものすべてを認める」
でよいかもしれないが、一方的に
    「正三角形も正解」
と決めつける態度は、権威主義というべきではないか?色々な立場を考慮したうえで、説明できる能力が教える側にも必要である。
 

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