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2018年7月 1日 (日)

批判と抹殺の違い

 議論において、誰も批判をしないという状況は、少し危ないものがある。山本七平なら
   「XX翼賛会的体制」
というだろう。
 しかし、批判することと、抹殺することとは違う。
 もう少し言えば、
   「そのような意見を持つことへの批判、そして抹殺」
という危険な発想が起こるときが怖いのである。
 自分の意見に反対する者の存在を認める、その上で批判に耳を貸し、修正すべきことは修正する。このような姿勢が民主主義の基本であり、科学における『反証可能性』ともつながってくる。
 ただし、人によっては批判ではなく、抹殺に動いてくる人もいる。このような、『議論にならない人』に対しては、対応も厳しくならざるを得ない。
 悲しいかな、我が国の近頃でも、このようなことは行われている。例えば
  「朝鮮民主主義人民共和国は理想の国」
といった人たちが、小泉訪朝まで
  「拉致事件に関して発言させなかった。」
  「国会で拉致事件を取り上げた議員の悪事を暴き立て抹殺した。」
という状況がある。
 さらに今でも、
「憲法9条で報復ができないとわかっているから、北朝鮮は拉致をしたのではないか?」
というような議論は、持ちだしただけで、抹殺されるであろう。
 極端な意見もとりあえず俎上に載せる、その上で議論することが重要ではないかと思う。

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