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2018年7月 6日 (金)

教育という世界の閉鎖性の弊害

 ここしばらく、教育関係者の不祥事が続いている。直近では、文部科学省の高官の子供が、某医大へ水増し成績で入学した話、そして大阪の高槻では、教育委員会の建造物検査で違法建築を見逃し、地震で犠牲者を出した、さらに神戸市では、教育委員会が自殺に関する内部調査資料を、握りつぶした。
 これらの件に関して、共通する原因を考えることも価値があるのではないかと思う。
 私の考えるこれらの問題の原因は、
  「教育の独立という美名に隠れた閉鎖性」
にあると思う。
 閉鎖社会では、一部の専門家に判断が集中し、そこで決定すれば終わりになってしまう。
このように考えると、上記の問題の全てに通じるものが見えてくる。
 批判や客観的な評価のない、密室的な力は、一度腐敗が入ると修正する機会がない。
 この問題の本質ではないかと思う。

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