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2018年8月 4日 (土)

歴史の勉強というものはその時の人の心を知るもの

 このブログは思い付きを残すために使っている。しかし、一度思いついたことを、しっかり読み直して育てることができていなかったと、反省している。そこで、今まで書いた記事の中から、読者アクセスのあったものなどをもう一度拾いなおして、書き加えることができないか考えてみたい。
 さて、私が反省している一つは、歴史の勉強の仕方である。つまり、
  「XX年にXXがありました」
ということだけを考えるのではなく、その時代の人間がなぜそのような行動をしたかを考える、または他の時代や国と比較する、このような発想が必要だと思う。これは、ヴェーバーの本を読んだ時に、手法として学んだものである。
 そこで、今回は日本の歴史における仏教の影響を考えてみた。前に
について書いたが、この話をもう少し深めてみたい。
 前に書いたのは、中華文明との関係で、対等な外交を行うためには、大乗仏教という思想の平等性が有効であるという議論であった。
 この議論に関して、もう少し広げてみると、朝鮮半島との関係での比較から、色々なものが見えてくる。まず、朝鮮半島では「日王」という無礼な表現を使っていることを、皆さんはしているだろうか?これは、中華思想の影響で、中国以外には皇帝は存在せず、その他の国には(格下の)王しかいない、という発想から天皇陛下をこのような無礼な言い方で読んでいるのである。この他にも、ハングルの誕生は、かな文字の誕生よりはるかに遅れた件など、科挙などの中華思想に、完全に取り込まれ、追従した文明になっている。
 このような朝鮮半島の文明と我が国を比べると、聖徳太子以降の独立性を求めた動きはもっと評価すべきだと思う。
 さらに、もう一つ踏み込めば、仏教による教えには、
   「王の徳による政治」
を否定するものがある。これは、政治をする者の権力基盤を、儒教の「徳」や、西洋文明の「神の委託」という絶対的なモノにしない。これは、権力者にとっては、不便なものに見えるかもしれない。
 しかし、天変地異などが発生したとき
   「王の不徳による天の怒り」
という解釈に繋がり、生贄としての王や、易姓革命が発生する危険性がある。
 このような、「王の徳」による政治の危険性を、聖徳太子などは感じて、仏教の教えや17条の憲法の話し合い主義に持って行ったのではないかと思う。
 この話も、朝鮮半島と比較すると、
   「前の大統領の悲惨な最後=天への生贄」
という見ることができると思う。
 

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