ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« スターリングエンジンからの発想(続き) | トップページ | 仏教をメディア論の立場で考えてみた »

2018年8月14日 (火)

人材育成の方向は突破者か追従者か?

 昨日書いた、スターリングエンジンからの類推による、突破する人とそれに追従する人の関係について、この国ではどのように考えているのか、少し議論してみたい。
 
 私が指摘するのは、
「大学には経営学や技術経営の部門があるが、これは突破者向けの話であり、追従者向けの教育が本当にできているのか?」
という点である。
 ただし、これに関しては、
「大学というものは、そもそもリーダー育成の機関である。突破するリーダーを作るのが目的で、追従者などは専門高校卒業者で十分である。」
という反論が出てくるかもしれない。これに対しては
「現在のように大学進学率が高い段階で、追従者やまとめる人間を育てないので善いのか?社会のニーズをつかんでいるのか?」
と反論しておく。
 もう少し、議論を続けると
「追従者の育成というものが、大学にあるのか?」
という議論にもなる。これには一つの答えが
「体育会系の学生は、人の言う事に従って熱心に働くように育てている。」
という実例が返ってくるかもしれない。
 確かにこの論点は少し納得するものがあるが、何か寂しい感じがする。それで大学??
 
 このように考えると、本当に大学進学者を増やすことがよいのか?工業高校などの専門高校の就職口をきちんと確保することが肝心ではないかと思う。
 もう少し言えば、人に従う人間の訓練、命令を理解する訓練、このようなものを行う仕組みも必要ではないかと思う。
 また、人をまとめるためのスキルや理論、これをきちんと教えることは、経営学などとは別の独立して、『管理者学』というような分野で必要になるのではと思う。

« スターリングエンジンからの発想(続き) | トップページ | 仏教をメディア論の立場で考えてみた »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人材育成の方向は突破者か追従者か?:

« スターリングエンジンからの発想(続き) | トップページ | 仏教をメディア論の立場で考えてみた »