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2018年8月28日 (火)

東大法学部の力について

 昨日書いた、法律を作るための教育機関としての「東大法学部」の、法律を作る能力に関して、少し議論しておきたいことがある。
まず、東大の法学部で学ぶ教科書はこれらしい。
私は、会社で総務関係の仕事をしていた時、上司に
 「東大で法律のことを学ぶなら、この本は必須とされている」
と紹介された。
 しかし、この本を読んだ時に私の感想は、
 「幅広い話が書いてあり、基礎かもしれないが入門ではない」
が正直なところである。
 ただし、法律を作るためには、幅広く考えることが必要であり、これぐらいの基礎は必要かもしれない。確かに一つ一つの項目の説明は少ないかもしれない。しかし
 「それぐらいは知っていて当然、知らなければ自分で調べろ」
という厳しさもあってよいのかとも思う。
 例えば、『永代小作権』の議論は、たった10行に書いてある。
 しかし、この内容を本当に知るなら、律令制度から荘園の成り立ち、そして武家の支配の成立などの、日本歴史の概要を把握していないと、この10行の理解はできない。昔あるタレント弁護士がテレビ番組で
「霞が関の官僚は、一つの法律を作るのに、大宝律令まで調べる」
と揶揄していたが、この本で学んでいたら、確かに律令制度から議論しないと、土地所有の議論はできない。
 このような、幅広く歴史的経緯まで検討したうえで法律を議論する。この必要性を理解し、実際に幅広く知識を持った人間を選別し、訓練する。これが東大法学部の秘密ではないかと思う。
 このような違いを理解できないと、法律を作るための苦労は理解できないだろう。但し、この違いを、公にして、どうしたらできるようになるかという議論をすべき時も来ているように思う。東大の教育を受けたものしか、秘伝伝授はされないという、秘密主義の権威というものは成立しなくなっている。

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