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2018年9月14日 (金)

自衛隊幹部の学問について 学歴はなくても学力はあるのでは

 昨日書いた、ノモンハン事件などに関連して、今度は別の見過ごすことができない記事が見つかった。
 この記事では表題のとおり、
  自衛隊幹部が異様な低学歴集団である理由
を色々と書いている。
 しかし、ここで大事なことが二つある。一つは、防衛大学校が、文部科学省の管轄の大学から外れているということである。もう一つは、日本の大学が防衛研究などの著しい拒絶反応を示し、自衛官の大学・大学院への進学を拒絶したり、派遣学生を苛め抜いたりしたという実績があることである。(いじめという表現は、大学側は拒否するだろう。一部学生運動家の活動と言い逃れがある。しかし、学生運動家の暴言などを、止めないことは、現在の学校のいじめの定義なら、学校側も責任を問われるレベルに近い。)
 さて、本当に自衛隊幹部が、論理的思考力などに欠けるのであろうか?
 一つの事例がある。社会科学の方法論における、古典の一冊、
  ヘイグ著「理論構築の方法」白桃書房 昭和53年発売
の翻訳者は、甲南大学経営学部助教授の小松陽一と、防衛大学校社会科学教室教授の野中郁次郎である。
 社会学の議論をするとき、この方法論をきちんと身に着けた上で、議論を行っている人がどれだけいるだろう。確かに、ミルズの信奉者なら、別の言い方もあるだろう。ワラスの信奉者もいるだろう。
 ただし、防衛大学にはそれだけの伝統があり、1990年代には、朝日新聞の記者が真摯な態度で学んだという記録を昔ネット上で見た記憶がある。
 このような面もきちんと知っておかないと、単に学歴というだけの議論では、おかしくなると思う。
 もっとも、戦前の陸軍大学の優等生の、とてつもない指揮能力や、世界観を見るなら、あまり現実を知らない、抽象的思考力ばかりになるのも困ったものだと思う。

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