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2018年10月 3日 (水)

「すり合わせ」に関して2通りの考え

 近頃何度か書いている『すり合わせ』だが、大きく分けて二つのパターンがある。これを混同すると、議論がおおかしくなるので、ここでもう一度整理しておく。
 まず一つ目のすり合わせは、
  ・個別すり合わせ
というべきもので、典型的な例は、K重工の某事件であった、納入された鉄枠が入らないので削って入れた、という感じの作業である。これは個別の微調整という範囲では多く行われている。
 さて、もう一つの大事なすり合わせは
  ・総合すり合わせ
というべきものである。これは、多様な関係の間で要求事項を調整しながら、最適なものを求める作業である。藤本流のインテグラルという表現が、この体質を表している。
 私が議論している、すり合わせは、この総合的すり合わせである。これには、極端な話
  「目標自体をすり合わせで変更する」
  「関係するモノを追加する」
等の検討前提すら『すり合わせ変更』する場合もある。この実行は、収拾がつかなくなる場合や、どのように着手してよいかわからないなど、困難は大きい。
 しかし成功したときに得るものはもっと大きなものがある。従来にないブレークスルーを狙うにはこれが有効である。
 このためには、あるべき姿を検討し、一から作り上げていくような思考法も必要である。ただし、モノとして完成させるためには、既にあるものから謙虚に学ぶことも大切である。既にあるものには、経験の智慧が入っている。一方、既得権的な残骸も入っている。この両者を評価するためにも、全体像を見た総合的な視点が必要である。
 なお、両者とも、力学の世界観である、
  「全て見通せる」
という考えには、反対の立場であり、近代の文明化から少し離れた位置にあることは、頭の隅に置いておくべきだろう。

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