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2018年10月 5日 (金)

現在は個人の能力議論でも外部との関係に注意

 先日書いた能力の開発の話をもう少し考えなおしてみた。
 この記事を書いた時には、自分の能力について、自分の中にあるものだけで検討していた。外部との交流のスキルの話は少しあるだけである。
 しかし現在のネット社会、特にSNSの高速レスポンスが,相互に飛び交っている状況を考えると、外部環境との交流は無視できない。
 単なる知識の検索というものではなく、意欲や価値観の根底に近い階層が、外部からの影響を受けているのである。これを無視して、自己啓発の議論は難しいのではないかと思った。
 さて、ここまで書いて、もう一つの疑問が発生した。
 現在のネットを通じた繋がりは、文字‣絵・音声さらに動画と色々なものがある。しかし、今までも、自分が降れていた環境、人々との交流から大きなものを得ていたのではないか?
 これに気が付かなかったのは、どこかに見落としがあるではないか?
 さらに言えば、SNSだけが、外部との窓口になれば、それはそれで怖いものになってくると思う。
 もう一度考え直してみたい。

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