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2018年11月29日 (木)

本当の反省を行うための問題点

 反省ということについて色々と考えている。
 反省を行うと、自罰的な人ならそのまま壊れてしまうことがある。いわゆるうつ病などの状況がこの一例である。一方、他罰的な人なら、自分の問題に向き合わないで人のせいにする。
 どちらも困ったことになる。しかし、自罰的で、苦しんでいる人には、他人の影響・環境の影響という逃げ道を与えることは、その場での効果はある。一方、他罰的な人に、自己責任を追及して、改善させることも効果はある。このような状況に応じた対応が必要だろう。
 さて、自罰的な考えの人が、本当に救われるためには、どのようにしたらよいのだろう。
 私の考えでは、自分を追い込む要素の一つに
   「自己の無力感」
がある。つまり
   「どうしようもない」
という考えである。
 しかし、この見方は、視野が狭かったり、理想が高すぎたりすることが原因のこともある。
   「少しでも良くなったら認める」
これが大切ではないかと思う。
 これの良い実例が、春木めぐみさんのブログにあったので見て欲しい。
 また視野を広げることは、長期的な改善や、直接ではないが多くのつながりでの改善につながることを感じることで、成果を感じることもある。極端な話、来世での救いもある。
 このような仏教的な話になると、観音様の話が一つのヒントになるだろう。
 観音様は、色々な人の姿で、皆を救って下さる。あなたも、ある時親切にしてくれた人がいるだろう。その人の中には、観音様の力が入っていたのだろう。
 これを逆に考えると、あなたが親切にしたとき、観音様の力があなたに入っているのである。このように観音様の力で、少しでも良くしていくことが大切ではないかと思う。

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